友と呼べる者を自宅に招いた記憶も、一家団欒の食卓などと云うものも記憶にはございません。
私が物心付いた時既に、母は病に臥せっておりました。
その病が、四条の家だけに伝わる奇病である事、先述の襖の閉じた部屋に母が居た、という事。
そして私もまた、四条の家の人間であるという事―――――――。
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貴音「そう言って頂けると私も頑張った甲斐があるというものですね。」
P [まぁ、貴音程存在感のある奴も珍しいだろうけど、何にせよこれでお茶の間にも司会者にも覚えてもらえるといいな!」
貴音「誠、そうなって欲しいものですね。」
P 「さて、収録で気を張って疲れたろう?飯でも行こうか。」
貴音「ではらぁめんを!」
P 「言うと思ったよ・・・。」
貴音「なんと・・・!面妖な・・・。」
P 「はは、さて行こうか。」
すたじおから外へ向かおうとした時でした。
P 「うお!」
装置を運ぶ関係者とプロデューサーがぶつかり、二人ともその所為で転んでしまいました。
更に運んでいた装置が運悪くプロデューサーの手の上へ落下。
スタッフ1「だ、大丈夫ですか765さん!!」
スタッフ2「おいおい何やってんだ!!」
P 「あ~いえいえ大丈夫です、こちらも周りを見てませんでしたので気にしないでください。」
スタッフ2「いやでも・・・って765さん血が出てるじゃないっすか!」
P 「え?あ~ホントだ。まあでも大した怪我じゃないし大丈夫ですよ。」
装置の落下の際に出たであろう血がプロデューサーの手の甲を流れている。
血・・・。
紅い血・・・。
とても紅い、血…。
身体が震える。
心臓が早鐘を打つかの如く胸がざわついて、呼吸が乱れてゆきます。
もう長い事帰っていない四条の屋敷の情景が脳裏に思い起こされ、開かずの襖が開き、その奥には口から紅い液体を流す銀髪の女性。
その瞬間、より一層心臓が大きく跳ね上がり、そして私の視界は黒く塗りつぶされました。
P 「貴音は怪我して…た、貴音!!?」
後から聞いた話ではプロデューサーが、横で力無く崩れ落ちる私を抱き抱えて下さったようです。
その時のプロデューサーは正に鬼気迫る表情だったと伝え聞いております。
貴音「…ここは…?」
P 「貴音!目が覚めたか!」
貴音「あなた様…?」
P 「良かった…。」
貴音「はて、私はどうして寝台の上などに…?」
P 「憶えてないのか?スタジオで急に倒れたんだぞ。だからテレビ局の医務室に運んだんだ。」
貴音「そういえば、怪我をされたあなた様を見てからの記憶が…。」
P 「何だ、血がダメだったのか?」
貴音「いえ、そう言う訳では…」
貴音「そ、そんなことは!」
P 「あ、さっきカメラチェックしてもらった時に貴音の右肩に白い手が…」
貴音「ひっ…。め、面妖にゃぁ…。」
P 「ぶふっ。にゃあってお前…くくく…。」
貴音「あ、あなた様…?」
P 「すまん、今のは嘘だ。」
貴音「何と…!あなた様は、いけずです…。」
P 「すまんすまん、悪かったよ。まぁでも少しは元気出たみたいだな。」
プロデューサーは飲み物を買ってくると言うと、医務室を後にしてしまいました。
ただ、血を流すあのお方を見たというだけで気を失ってしまうような失態を。
しかもそれをよりにもよって仕事場で、もっと言えばあのお方の傍で晒してしまうなどと。
雪歩風に言うのであれば、穴を掘って埋まってしまいたい心境です。
それに気になるのはあの時、何故四条の屋敷が思い起こされたのでしょう。
血を見た瞬間に早鐘を打った心臓、それは緊張や恐怖によるものとは違いました。
あの時感じた胸のざわつき、あれは“らいぶ”や“ふぇす”を終えた後に感ずる興奮と酷く似た物。
更に、私の記憶にはない襖の開いた部屋、そこにいたのは私の―――――。
戻って来たプロデューサーの声ではっと我に帰る。
貴音「おかえりなさいませ、あなた様。」
すぐさま何事も無かったかのよう取り繕います。
P 「お茶買って来た。ほれ。」
ぷらすちっくの容器に入った暖かいお茶を受け取り頬に当て温もりを感じる。
貴音「誠、暖かいですね…。」
P 「身体冷やしたらまずいからな。」
頂いたお茶を飲み、もう一休みした所で医務室を後にしました。
自宅近くまで送ってもらいその後は一人で帰宅しました。
プロデューサーは最後まで難色を示していましたが徒歩で2分程の距離だと説明すると渋々ながらも見送ってくださいました。
事務所の扉を開けると先に来ていた響が私の下に駆け寄って来ました。
響 「おはよう貴音!」
貴音「おや響、おはようございます。今日も元気そうで何よりですね。」
響 「へへっ。自分完璧だからな!」
嬉しそうな響の顔を見ると、私の顔も思わず緩んでしまいますね。
響 「あ、そうだ貴音、プロデューサーから聞いたぞ、テレビ局で倒れたって!大丈夫なのか…?」
先程の明るい表情から一変して私の身を案じるように表情を暗くする響。
この豊かな表情変化が響の魅力だと私は思っております。
貴音「えぇ、軽い貧血の様なものです。気にする事はありませんよ。」
響 「そうなのか。あんまり無理しちゃダメだぞ?トップアイドルになっても貴音がいないんじゃ意味無いからさ…。」
響 「えっへへ、自分完璧だからな…。」
あの時気を失ったのは貧血の様なもの。
そう私自身に言い聞かせ、深く考える事はしない事にしました。
小鳥「あら、朝から仲良しね響ちゃん貴音ちゃん。」
貴音「おや、小鳥嬢。おはようございます。」
小鳥「おはよう、貴音ちゃん。身体の具合は大丈夫?」
貴音「ええ、しっかり休息を取りましたので問題ありません。」
小鳥「そうなの、それは良かったわ。倒れたって聞いて皆心配してたのよ。」
響 「そうだぞ、ハム蔵達も心配してたんだから」
貴音「そうでしたか、ご心配お掛けして申し訳ありません。」
小鳥「ううん、こうして元気な姿を見せてもらってお姉さん安心したわ~。そうだわ!」
勢い良く立ち上がる小鳥嬢、少々勢いが良すぎたのでしょう。
立ち上がった拍子に事務机の上に置いてあった湯呑が床に落ち割れてしまいました。
響 「ピヨ子!?」
小鳥「あ、あはは。大丈夫ちょっと指を切っちゃっただけよ。え~と絆創膏はっと。」
小鳥嬢の指先に玉の様に紅い血が盛り上がっている。
―――――ドクン…。
心臓が跳ねる。
胸に去来するざわめき。
また、この感覚…。
貴音「…なんでも、ありません…」
響 「何でも無くないだろう!顔色悪いし、震えてるじゃないか!」
貴音「大丈夫…です…」
響 「大丈夫じゃないぞ!ほらこっちに…」
貴音「触らないで!」
私の腕を引く響の手を払いのけてしまいました。
響 「貴…音?」
貴音「すみません、響…。ですが私は大丈夫…です。小鳥嬢。」
小鳥「は、はい!」
貴音「膿んでしまうと…いけません。」
視線は指先の紅い、紅い血。
心臓は今までに無いほどに高鳴っています。
貴音「あぁ、まずは消毒ですね…。」
気付けば、小鳥嬢の指先を口に含んでいました。
小鳥「ピヨ!?た、貴音ちゃん!あ、あの。えっと…」
響 「た、貴音!?」
貴音「ん…チュル…はぁ…。」
指先を口から離した時、身体の震えは止まり、あんなに騒がしかった心臓も鳴りを潜めています。
胸に去来したのは幸福感、そして過去に感じた事の無い程の罪悪感。
相反する二つが綯い交ぜになった複雑な感情が私の胸を締め付けます。
小鳥「ピヨヨ~…///」
響 「ど、どうしちゃったんだ貴音…?」
貴音「響、小鳥嬢の後の処置は任せましたよ。」
響 「え!?あ、うん!」
処置を響に任せ私はその場を後にします。
今は誰にも会いたくない。
給湯室の墨に腰を下ろし、先程の自らの行動を思い返し頭を抱える。
判った事は、三つ。
一つ、血を見ると発作的に胸がざわめくということ。
一つ、血を舐めるなりすればざわめきは治まるということ。
一つ、つまり私は、誰かの血を欲しているという事。
この日は体調が優れないと嘘の理由を付け、仕事には行かず早退してしまいました。
貴音「サボってしまいました・・・。皆に謝らねばなりませんね。」
ふと独りごちたその時、携帯電話が音を鳴らし着信を知らせました。
着信:プロデューサー
恐らくは私の身を案じてなのでしょう。
名を見るだけで、優しい笑顔のあの方が想像できます。
どうして・・・!?
血など見てもいないのに。
一体どうすれば・・・。
―――――血を飲めば治まるというのなら・・・。
ふらつく足で台所を目指し、棚の中から包丁を出します。
震える手で刃物を前腕部に宛がい力を込めると思いの外あっさり出血しました。
刃物を流しに投げるように置き自らの腕にかぶりつきます。
貴音「・・・んくっ・・・ジュル・・・はぁ・・・」
事務所で小鳥嬢の血を舐めた時にはすぐに発作は治まったのに対し、自らの血ではまるで納まる気配がない。
貴音「はぁ・・・はぁ・・・あぁっ」
頭がどうにかなりそうだった。
堪えようと体を捩り、襖や畳に爪の痕を走らせる。
そして視界は再び黒く塗りつぶされた。
ふと目の前を横切る可愛らしい猫。
人懐こいのか、顔に手を近づけるといとも介さずじゃれ付いてくる。
そのまま両手で抱き上げ首筋へ齧り付きます。
血を飲み脱力した手から猫がすり抜け落ちる。
足元を見遣ると猫だったはずのものはどこにもなく、代わりに首筋から血を滲ませ倒れているのはプロデューサー―――――。
貴音「いやぁ!!!」
悲鳴と共に現実へと回帰しました。
時刻は朝の6時を回った頃です。
体に纏わりつく嫌な汗を風呂場で流し、朝食をとります。
事務所へ行かなくてはいけないと思う反面、行きたくないと感じる心。
それでも、あいどるとして所属している以上行かないわけには参りません。
P 「おう貴音、おはよう。調子はどうだ?」
貴音「今は問題ありません、昨日は皆に迷惑をお掛けしました。誠に申し訳ありません。」
謝罪し、頭を垂れる。
P 「気にするな、仕事はどうにかなったし大丈夫だよ。」
貴音「ありがとうございます。」
血を連想させるもの、または血そのものを見ると発作が起こり血が欲しくなるという事が判りました。
発作が起こってしまうと理性的ではいられなくなり、気が狂いそうになる程の血への渇望に耐えなくてはなりません。
最初に発作を起こした時に四条の屋敷が脳裏に思い起こされたのは四条の家が何かしら関係していると感じた私は
数年振りに屋敷の門をくぐりました。
急に戻った私に何かを感じたのか、久方振りにお会いした父の顔は強張っておりました。
私が自分の身に起こった事を話した後は筆舌に尽くし難い表情を見せ、ただ一言。
―――――お前もなのか・・・。
と。
父の腕の包帯の下には、恐らく母に血を与えたであろう痕が生々しく残されていました。
やはり、あの銀髪の女性は私の母だったようです。
幸いと言うべきか、あいどるとして活動している時に発作は起こりませんでした。
他事に気を張っていると発作は抑えられるようです。
更に血を想起させるものを頭の中で強引に別の物に置き換えてしまえば発作をやり過ごすことも出来るようになりました。
苦しみはありますが、気を失うようなことは避けられます。
対処法を見つけ少し安堵した矢先でした。
私が、自我を失くしプロデューサーに襲い掛かったのは・・・。
貴音「(最近では発作も軽くなり、活動にも支障をきたしておりません。このまま抑えこめれば良いのですが・・・。)」
P 「おう貴音お疲れ、調子はどうだ?」
貴音「お疲れ様です、あなた様。問題はありません。」
P 「・・・そうか。うん、それならいいんだ。」
貴音「あなた様?」
P 「う~ん、いや。最近の貴音はなんだか調子悪そうな時があるからさ。」
貴音「そのような・・・ことは・・・。」
P 「なあ貴音、何か俺に隠してる事ないか?」
この方に隠し事をするのは容易ではありません。
かといって胸に秘めたこの秘密を打ち明けるわけには参りません。
貴音「隠し事などございません。」
悟られぬよう気丈に振舞います。
P 「そうか・・・。うん。まぁ、何かあったらいつでも話してくれよ?」
貴音「わかっております。」
やはり、納得はされていない様子ですね。
P 「それじゃあ午後も頑張ってな。」
私の肩に軽く手を乗せ去ろうとするプロデューサー。
かつて無い程に心臓が跳ね上がる。
胸が苦しい・・・。
体が震えて息が上がる・・・。
血を想起させる物など何も無かったのに・・・。
体から力が抜け膝から崩れ落ちる。
P 「貴音!?」
崩れ落ちた私に気付き駆け寄るプロデューサーが視界の端に映ります。
―――――来ないで・・・。
―――――駄目・・・!
再び意識を取り戻した時、震えは止まり、発作は治まっていました。
いつのまにかプロデューサーを組み伏せ首筋に噛り付いている自分に気付きます。
私は一体何を・・・?
倒れているのは、プロデューサー・・・。
首から血が、流れている・・・。
私は・・・私は・・・。
P 「貴・・・音・・・」
貴音「あなた様・・・いや・・・いや・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
叫び声をあげ、その場を走り去ります。
本当は分かっていたのです、“誰か”の血ではなく“誰”の血を求めているのか。
あの夢を見た時から、きっとそうだったのでしょう。
しかし私のやったことは到底許されるものではありません。
私のしたことは紛う事無く傷害という罪。
自らの欲するまま人を襲い、血を飲んだのです。
その後の事は良く覚えておりません。
どこをどう通ったのか自室に帰り自責の念に押し潰されながら、気を失うように眠りについたのです。
最悪な気分で目を覚ました私は、事務所に行く気力さえ湧かないほど憔悴しておりました。
布団の上にうずくまり、ただ時だけが過ぎていく。
もう、あの場所には戻れない。
あなた様の横には、もう・・・。
皆の輪の中には、もう・・・。
携帯電話が音を鳴らし着信を告げます。
着信:プロデューサー
昨日の事を問い質すのでしょうね。
出なくてはならない、頭では分かっていても通話ボタンを押すことは出来ませんでした。
通話ボタンを押せずにいると携帯電話は音を止め、静寂が部屋に訪れます。
いずれまた、掛かって来る事でしょう。
覚悟を決めねばなりません。
こうなってしまった以上、どうするのが最善なのかは自明の理。
またいつ、誰を襲うとも分かりません。
それがあの方なのか、事務所の皆の中の誰かなのか、はたまた無関係な誰かなのか。
そうなってしまう前に―――――。
社長「辞める!?」
貴音「はい。」
社長「一体どうして・・・。」
貴音「一身上の都合、としか。」
社長「随分と急な話だね・・・。」
貴音「申し訳、ありません。」
社長「彼にはこの事を?」
貴音「いえ、話しておりません。」
社長「そうか・・・。」
貴音「私を見初めていただいた高木殿には心より感謝しております。ですが、私はもうこのままここにいてはいけないのです・・・。」
社長「四条君の事だ、考えなしにこんな事を言い出すとは思えない。ひょっとして最近の体調不良と関係があるんじゃないかね?」
かつて敏腕プロデューサーと呼ばれただけあって高木殿も最近の私の異変にどこと無く気付いておられたようですね。
重苦しい空気が社長室を包み込みます。
社長「・・・。この件は一先ず預からせてもらうよ。やはり彼に断り無く決めることは出来ない。いいね?」
貴音「承知いたしました。我侭なのは百も承知ですが、何卒宜しくお願いいたします。」
社長「うむ・・・。」
重苦しい空気に少し疲れました。
ふらりと足を運んだ先は事務所の屋上。
扉を開けるとそこには事務所の仲間である、如月千早の姿がありました。
千早「こんにちは四条さん、今は食事をしています。」
貴音「左様でしたか、私がいては食事の邪魔になりますね。」
千早「あ、いえお気になさらずに。良ければご一緒しませんか?」
貴音「ふむ…。今は空腹では無いですが、暫し千早と会話に興じるのも楽しそうですね。」
地面に敷かれた敷物に靴を脱ぎ横座りします。
千早「四条さんは、どうして屋上へ?」
貴音「分かりません、気が付いたら足がこちらに向いていました。」
千早「そうだったんですか。」
貴音「ええ、少し気分転換がしたかったので。」
千早「…何か、あったんですね?」
食事をしながらこちらを気遣う視線を送る千早。
千早「話したくなければ、構いません。私も追及しません。ですが、話して楽になる事もきっとあると思うんです。」
貴音「千早…。」
千早「勿論私じゃない人、例えば我那覇さんとか。プロデューサーでもいいと思うんです。」
貴音「そう…ですね…。」
千早「四条さん?」
貴音「いえ、ありがとうございます千早。」
千早「お礼を言われるような事は何も。」
貴音「いえ、お陰で少し心が軽くなりました。」
千早「お役に立てたのでしたら幸いです。」
千早「私が、私で無くなる?そうですね・・・」
貴音「良いのです、ただ戯れに聞いてみただけなのですから。」
千早「・・・以前私が歌を失いかけた時、あの時が私が私でなくなった時だと思うんです。」
貴音「あの時・・・ですか。」
千早「はい、私には歌しかない、だから歌えない私は私じゃない。如月千早という人間はもう必要ないんだって。」
貴音「そんな事はありません。」
千早「ありがとうございます。でも、春香が、そして四条さん達事務所の皆が私を助けてくれた。」
貴音「当たり前です。千早は仲間なのですから。」
千早「ふふっ。その時思ったんです、例え歌を失って私が私じゃなくなっても皆がいてくれるなら、何度だって立ち上がれる。」
貴音「皆がいてくれるから・・・。」
千早「勿論、それに甘えていてはいけないのは分かっているんですけどね。」
千早「四条さん?」
貴音「忘れていたようです。私は独りではない、ということを。貴女のお陰で、それを思い出すことが出来ました。」
千早「そうですか、それは良かったです。」
貴音「私は向き合わねばならないのですね、逃げるのではなく真正面から。」
千早「四条さんが抱えている問題がなんなのか私には分かりません。どうすることも出来ないかもしれません。」
「でも、皆で考えればきっと何とかできると思います。」
貴音「ありがとうございます。」
屋上を後にして事務所へと向かいます。
胸に一つの決意を込めて。
逃げない、私には素晴らしい仲間達がいてくださるのです。
P 「貴音、お前・・・」
貴音「先日は大変失礼いたしました。その事も含めてお話したいことがございます。」
P 「・・・辞めるってのは本当か?」
貴音「高木殿からお聞きになりましたか・・・。」
P 「ついさっき社長から聞いたよ。」
貴音「わかりました、その辺の理由も含めてお話いたします。」
P 「ああ、頼む。」
プロデューサーは気を遣ってか社長室へ移動するよう促してくれました。
移動すると高木殿はすでにどこかへ行ってしまっていたようです。
貴音「私が辞めようと思い至った一番の理由は・・・病です。」
P 「病気!?やっぱりどこか悪かったのか?」
貴音「はい、ですが明確にどこが悪いという訳ではないのです。」
P 「どういうことだ?」
貴音「私が患っている病に、名はありません。」
P 「病名が、ない?」
貴音「はい、これは四条の家だけに伝わる奇病なのです。」
P 「それは・・・。」
貴音「この病は、人の血が欲しくてたまらなくなる病。」
P 「血が・・・?」
P 「まさかこの間の!」
貴音「そうです、あなた様に襲い掛かったのは病から来る発作が原因です。」
P 「あれが発作・・・。」
貴音「あの時は理性を失う程の大きな発作だったのです。」
P 「じゃあ毎回ああなるって訳じゃないんだな?」
貴音「はい。ですが、またいつ大きな発作が起きて誰を襲うかわかりません。」
P 「いつから、そうなってしまったんだ・・・?」
貴音「初めての発作が起きたのはあなた様の手の怪我を見た時です。」
P 「・・・あの倒れた時か。」
貴音「そうです。」
P 「それが、辞める理由か・・・。」
貴音「ええ、そうする他無いと。」
P 「そうか・・・。」
その時でした、社長室の扉が勢い良く開き飛び込んでくる人影が一つ。
貴音「響・・・?」
P 「聞いてたのか・・・。」
響 「社長室に入ってく二人が見えて、最近貴音の様子がおかしかったから気になって・・・。」
貴音「そうでしたか、心配を掛けてしまっていたようですね。」
響 「盗み聞きしちゃったのは悪いと思ってる。でも、貴音がいなくなっちゃうなんて自分そんなの嫌だぞ!」
P 「響・・・。気持ちはわかるが病気が理由ならそれを引き止めることは難しい。」
響 「貴音は血が欲しくなっちゃうんだろ?だったら自分の血を・・・」
貴音「なりません!」
響の言葉を遮ります。
それだけはいけない。
貴音「なりません、響。貴女はあいどる、その体に傷をつけるなど許されないのです。」
響 「でも・・・!」
貴音「それに、あいどる云々では無く大切な仲間を傷つけることがどうして出来ましょう。」
響 「貴音ぇ・・・。」
響が泣いている。
私の為に泣いてくれる響は誠、優しいですね。
P 「じゃあ俺の血ならいいのか?俺はプロデューサーだ、多少傷があったって何も問題ないだろ?」
貴音「それも、なりません。」
P 「どうして!?」
貴音「私が欲しているのが他ならぬあなた様の血だからです。」
P 「俺の?」
P 「俺が血のイメージって事か。」
貴音「はい。ですから、あなた様と行動を共にする事自体が発作の引き金となりかねないのです。」
P 「そんな・・・。」
貴音「これが、私が辞めようと思い至った理由でございます。」
P 「・・・わかった。」
響 「プロデューサー!?」
P 「社長の方には俺から話しておく。」
響 「どうして・・・どうして・・・。」
P 「ごめん・・・。」
響 「うっ・・・ぅああああああああ・・・。」
力なく崩れ落ちる響を支え口を開く。
P 「・・・え?」
響 「ひっく・・・。たか・・・ね?」
貴音「私が辞めようと思ったのは事実です。ですが今は、他の道がないものか見つけたい。そう思ってもいます。」
そう、私は病に負けたく無い。
頂点のその先に見える景色、それを知るまでは負けたくない。
貴音「勝手を申しているのは百も承知です、それでも私はここで逃げたくは・・・ないのです・・・。」
響 「貴音ぇ・・・。」
貴音「恥を偲んでお願いいたします。あなた様、どうか・・・」
膝を付き頭を垂れる。
貴音「助けてくださいませ・・・。」
P 「た、助けるったってどうすりゃいいんだ?俺は医者でもなんでもないんだ。」
貴音「もう、あなた様に縋るほか手は・・・」
P 「貴音・・・。」
響 「プロデューサー!」
P 「なぁ貴音、今話した事を事務所の全員の前で話せるか?」
貴音「それは・・・」
P 「その勇気があるなら、俺は全力で貴音を支える。約束するよ。」
貴音「あなた様・・・。」
屋上での千早との会話を思い出します。
「でも、皆で考えればきっと何とかできると思います。」
そうでしたね、千早。
皆にならば、打ち明けてもきっと大丈夫。
心からそう思えます。
P 「分かった。すぐには無理だがスケジュールを調整して近々全員集める、そこで皆に話してくれ。」
貴音「承知しました。」
響 「大丈夫か、貴音・・・?」
貴音「ええ、皆ならば受け止めてくれると、私は信じています。」
響 「そうだぞ!自分達はいつまでも貴音の味方さ~。」
貴音「ふふっ。誠、心強い味方です。」
響 「病気なんて、なんくるないさ~!」
貴音「そうですね、なんくるありません。」
皆一様に驚きを隠せないといった様子でしたが、その後口々に私の身を気遣ってくださいました。
P 「貴音、良く頑張ったな。辛かったろう。」
貴音「いえ、この程度で泣き言など。」
P 「そうか。よし、それじゃあ今後の事を話すぞ!」
全員の視線がプロデューサーに集中する。
私もそれに倣います。
P 「今皆に聞いてもらった通りこうなってしまった以上貴音をこのままにはしておけない。」
場の空気がざわついた。
あずさ「い、伊織ちゃん落ち着いて・・・」
伊織「これが落ち着いてられるかって話よ!」
P 「勿論そんな事にはならないから安心して欲しい。」
伊織「じゃあどうするって言うのよ!?」
P 「まぁ、やることは普段どおりアイドル活動してもらうけどな。」
事も無げに言ってのけるプロデューサー。
私が申すのもおかしな話ですが、大丈夫なのでしょうか?
貴音「はて、それは一体どういう・・・?」
P 「まぁ、皆には悪いが今後俺は貴音に付きっきりになると思う。」
・・・喜んで良いのか複雑な心境です。
美希等は不満が出そうですね。
P 「それでだ、ソロの仕事も受けなくなる。」
再び場がどよめきに包まれる。
P 「だから貴音には響とデュオで活動してもらう。」
響 「え、じ、自分と!?」
響 「そこを自分がフォローするって事か・・・。」
P 「そうだ、結構大変だと思うが頼めるか?」
響 「もっちろん!それに貴音と一緒に活動できるなんて自分最高に嬉しいぞ!」
貴音「響・・・。ありがとうございます。」
P 「うん、それじゃあそういう事だからよろしく頼む。」
響との活動で私達はAらんくに上り詰め、IA大賞へとのみねーとされたのです。
P 「二人とも、今日まで良く頑張ったな。貴音は病気と闘いながら。響はそのフォローをしながら。」
響 「気が早いぞプロデューサー!まだ授賞式はこれからなんだぞ!」
貴音「そうです、大事なのはこれからなのですから。」
P 「ははは、そうだったな。よし、二人とも、プロデューサーとしてお前達にやれることは全部やったつもりだ。」
「悔いが残らない一日になる事を願おう!」
2人「はい!」
あいどるであれば誰もがその舞台に立つ事を憧れる国立おぺらほーるにてIA大賞授賞式は行われます。
その舞台に立てるのはわずか一組・・・。
その狭き門の門前に私は今、立っているのですね。
プロデューサーと、横で響が心配そうに私を見つめております。
貴音「心配はいりません。今は私、そして病も落ち着いております。」
皆に病を打ち明けたあの日から、不思議な事に発作の頻度は減っていき今では軽い発作が月に数回程度にまで抑えられたのです。
もともと仕事に心血を注いでいるときは発作は起きませんでしたから、私達の名が世に知られ仕事も増えたので当然なのかもしれませんね。
P 「何か不具合を感じたらすぐに言ってくれ。」
貴音「心得ております。」
響 「貴音には自分が付いてるから心配いらないさ~!」
P 「はは、そうだな。よし、それじゃあ控え室に行こう。」
控え室へと移動した私達は衣装へと着替え、時間ギリギリまで大賞を取れたときに披露する曲の練習に打ち込みます。
貴音「響、この曲を披露できるのは大賞が取れた時のみですよ。」
響 「そ、それくらい知ってたさ~!気持ちの問題だよ気持ちの!」
貴音「ふふ、ではそういうことにしておきましょうか。」
響 「うが~!何かバカにしてないか!?」
貴音「滅相もありませんよ。」
P 「2人とも、そろそろメイクしてスタンバイの時間だぞ。」
貴音「それでは行って参ります、あなた様。」
響 「行って来るぞプロデューサー!」
P 「ああ、先に行って待ってるからな。」
一足先に会場へと赴くあなた様を見送り控え室へと戻ります。
すたいりすと殿の手によって化粧が施され準備は万端、いざ会場へ。
貴音「お安い御用ですよ、響。」
響 「えっへへ、ありがと貴音。」
響の小さな手を握る。
震えている。
良く見ると手だけではなく、体ごと小さく震えているようだ。
響 「へへ、情けないだろ?完璧だなんだいっても怖くなっちゃってさ・・・。」
貴音「いいえ。いいえ響、それは恥ずべきことではないのですよ。」
この会場を包む独特の雰囲気、飲まれずにいる方が難しい。
恐ろしくならない方が難しいのです。
私だって・・・。
握った響の手を胸元へと運びます。
感じますか、響。
私の鼓動を。
響 「貴音も、緊張してるのか・・・?」
貴音「当然です。このように大きな、ましてや日本中の関心事なのです、緊張しない方が難しいというものですよ。」
響 「そっか・・・。うん、そうだな!よし、行こう貴音!」
貴音「はい!」
手を繋ぎ、会場までの廊下を二人で駆けて行きます。
煌びやかな光が包み込む会場には、各地からのふぁんの方々が駆けつけてくださいました。
P 「遅かったな二人とも、さぁ席に行こう。」
プロデューサーの先導で私達が座る席に座ります。
会場には続々とあいどる達が集結しています。
この場にいる全てのあいどるに、大賞を獲得する可能性がある。
この日を夢見て、やっとここまで来れた。
P 「さぁ、そろそろ始まるぞ。」
それも、各地区の賞を総なめにするという快挙を達成したのです。
そしてこれから、先程練習していた曲を日本全国に向けて披露いたします。
期待と緊張、興奮と恐怖が胸の中でせめぎ合っている。
―――――ドクン。
嘘。
こんな大一番で発作が?
いいえ、これは発作なんかじゃない。
緊張と興奮からくる物。
だから血なんて欲しくないのです。
貴音「・・・はぁ・・・はぁ・・・くぅっ」
響 「貴音?まさか発作が・・・」
貴音「違います、響。私は緊張しているのです、発作などでは・・・」
どうしてこんな時に。
頂点を掴み取ったというのに。
響 「貴音・・・。ホントに平気なんだな・・・。」
貴音「はい・・・!」
響 「分かった・・・。行こう貴音!」
円形の舞台に上がり歓声が上がる。
その全てが、私達に向けられた物であると実感いたしました。
司会「準備が整ったようですね、それでは歌っていただきましょう。曲はShiny・・・え?あ、はい。」
なにやら問題でもあったのでしょうか。
少し会場がざわついております。
それは披露する予定の曲とは全く違う曲。
本来の曲よりゆっくりとした曲で、踊りも少なく・・・もしや!
曲の前奏が始まりました。
ふと席の方へ目をやるとプロデューサーはただ一度しかし確かに頷いて見せてくれたのです。
やはり、あなた様はいけずです。
私が発作を起こした事を気付いていらしたのですね。
土壇場で曲を変えるなどと、事前に音源を渡して打ち合わせていないと出来ない芸当。
どこまでも周到に、私達の為に動いてくださっていた。
ならば私はそれを無駄にせぬよう全力でその思いにお答えいたします。
急に曲が変わって少し焦っている響の手を握り歌い始めます。
響 「駆け出してゆくまっさらな名もない希望を抱いて」
手を握っているせいで踊ることが出来ません、ですがその分歌に全てを込めて。
今持てる全身全霊をこの歌に。
会場の隅から隅まで届けよう。
2人「終わらないmy song・・・」
一瞬の静寂の後万雷の拍手と賞賛の言葉が私達に送られます。
プロデューサーの許へ駆けて行き、3人で喜びを分かち合う。
嗚呼、今日という日を私はきっと忘れません。
発作はいつの間にか治まっていました。
もしかしたら、本当に緊張していただけなのかもしれません。
今となっては分かりませんが。
P 「2人とも、本当に良くやってくれた。最後の歌は本当に感動したよ・・・。」
貴音「最後の最後で、またもやあなた様に救われてしまいましたね。」
響 「急に曲変わるからビックリしたぞ。でも、すっごくいいステージだった!」
P 「はは、お前達を信じてなくちゃあんな事できないさ。お前達なら絶対に出来る!俺はそう信じてたから。」
響 「へへへ、な、何か照れるぞ・・・///」
P 「ははは、さてと・・・。これで貴音は悲願の頂点に立てた訳だ、何か見えたか?」
貴音「私に見えたものはたった一つだけでした。」
P 「そうなのか、一体何が見えたんだ?」
響 「笑顔?」
貴音「はい、あなた様や響は勿論、事務所の仲間達、そして私達を支えてくださった全てのファンの笑顔が。」
P 「なるほど。」
貴音「私は今、とても満たされております。もう、思い残すことはありません。」
響 「貴音・・・。」
貴音「あいどる四条貴音は、本日を以って引退を表明いたします。」
P 「・・・そうか。もっと輝く貴音を見ていたかったが、残念だ。」
貴音「私が今こうしてここにいるのは私の我侭なのです。これ以上の我侭は罰が当たってしまいます。」
P 「そんなこと・・・」
貴音「いいのです。」
貴音「泣かないでください、響。」
響 「だって・・・だって・・・」
貴音「離れていても、私達はずっと、仲間なのですよ。」
響 「たがねぇ~。」
貴音「ふふふ、誠、響は泣き虫ですね。これでは私も・・・ふっ・・・ぅ」
私と響はまるで子供のように泣きました。
その様子を、プロデューサーは静かに見守ってくれていました。
最近では事務仕事に勤しむ小鳥嬢の話し相手になっております。
その日も事務所で小鳥嬢と語らっていた時でした。
事務所の扉が開き、プロデューサーが帰ってきました。
P 「ただいま戻りました。」
小鳥「おかえりなさい、プロデューサーさん。」
貴音「本日もお勤めご苦労様です、あなた様。」
P 「お、貴音が来てたのか。丁度いい、ちょっと話があるんだ。」
貴音「私に、ですか?」
P 「ああ。すいません音無さん、社長室使いますね。」
小鳥「は~い、ごゆっくりどうぞピヨ。」
この部屋に入るのは引退の報告を高木殿にしたとき以来ですね。
貴音「いえ、時間だけはいくらでもありますので。」
P 「はは、違いない。」
貴音「して話とは。」
P 「ああ、実はIA大賞にノミネートされた所のプロデューサーには一つの特典が付いててな。」
貴音「特典・・・ですか。」
P 「そうだ、1年間ハリウッドで本場のプロデュース研修を受けることが出来るんだ。」
貴音「なんと!おめでとうございます、あなた様。」
P 「ありがとう。あ~それでだな貴音、貴音さえ良かったらなんだがその・・・」
なにやら歯切れが悪いご様子。
P 「いや、よし。貴音!」
貴音「は、はい。」
P 「俺と一緒にハリウッドまで行ってくれないか?」
貴音「それは・・・その・・・つまり///」
P 「あ~、そう捉えて貰って構わん。むしろ正解だ。」
貴音「・・・・・・・・・・・・嫌です。」
P 「ぅぐ!そ、そうか。そうだよな・・・ははは。」
貴音「・・・はっきりと、言ってくれなくては嫌です。」
貴音「///」
P 「た、貴音!」
貴音「は、はい!」
P 「あ~、そのなんだ。お、俺とけ、け、結婚、して、くださぃ・・・。」
貴音「///」
P 「ちゃ、ちゃんと言ったぞ!貴音の気持ちを聞かせてくれ・・・。」
貴音「それは・・・」
私の答え、それは―――――。
終盤の駆け足感が半端ないですね。
見切り発車で書き始めてはいけない(戒め)
本当ならはるるんで何か書こうと思っていたのですが全くストーリーが降りてこなかったのでお姫ちんで羊のうたっぽいものを書いてみました。
それっぽいのが書けたらいいなと。
いつも通り、いやいつも以上に深く考えずに書いたので粗が目立つかもしれません。
次こそ屋上ちーちゃんの続編的なはるるんのお話が書けたらいいなぁ…。
それではお目汚し失礼いたしました。
前作とかある?
一応以前書いたのは
美希「弱点」
千早「心交」
です。
乙
引用元:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379075798/